※ゲームネタバレ有


 稚けなき君を想う


   066:もしも赦されるなら、あの人の前で君を攫っていきたい

 人員や戦闘力が充実してくると余暇の方にも金が回るようになる。談話室や食堂、女性陣の強い希望で喫煙室まで設けられた。喫煙室をライがひょこりと覗く。学生であるから大っぴらに喫んだりはしない。たしなむ程度にはやるがそれが明らかな違法行為であると目につくほどライは幼くないし野暮でもなかった。そもそも名前と生活行動以外、自分の情報が欠落している以上、もしかしたら成人と言う可能性もある。だからライが煙草を喫んでも注意するのはたった一人だけだ。藤堂鏡志朗。彼だけは注意して諫めて戒めてそれでも駄目なら平手が飛んだ。それでも効果がないと見るや実力行使で没収と言う手段に出るからちょっと困る。藤堂は鼻が利くから何処へ煙草を隠しているかすぐに嗅ぎつける。だが同じような能力を有しながら好きにすればいい、と放っておく変わり種もいる。同じように鼻が利いて煙草が何処にあるかすぐに嗅ぎつけしかも掏る。掠め取って集めたコレクションを欠落させるのはいつも卜部巧雪だ。卜部はライが煙草を喫むことについては何も言わず殊更に止めない。まァ将来肺癌で死んでもいいんならいいンじゃない、とあっさり言った。そもそも煙草喫みが煙草を喫むなと言っても説得力ねェし。卜部はあっさりとしたものだ。
 だから惹かれたのかもしれなかった。藤堂鏡志朗と卜部巧雪。正反対の上司部下はそれでも顔を合わせれば挨拶や世間話に花が咲き、重要な案件も持ち合い意見を求めあう。戦闘機の腕はもちろん上官である藤堂の方が格段にいいのだが卜部とて凡庸なわけではない。日本をエリア11に変えたブリタニアに煮え湯を飲ませた藤堂鏡志朗とその直属部下四聖剣に名を連ねる卜部である。ひょろりと痩せた体は見てくれで実力を推し量ると痛い目を見る。黒蒼の髪は額もあらわで襟足が案外綺麗なのだ。背が高いから襟で隠れがちな位置からしか見れないがふとした折に見たらきちんと手入れがされていたのだ。藤堂の身形にも立ち居振る舞いにも気を抜かない軍隊調の生活が部下にも浸透しているのだ。レジスタンス組織であった黒の騎士団は軍属であった藤堂や四聖剣を呑みこんだことで立派な軍事的反抗勢力へ変貌した。
 喫煙室では藤堂と卜部が愉しそうに談笑しながら煙草を喫んでいる。もっとも喫んでいるのはもっぱら卜部で藤堂はたしなむ程度に口をつけるだけだ。ライは書類を抱えたままひょいひょいと喫煙室へ入り込む。稚い侵入者に二人の目が瞬かれる。
「のまねぇ奴が来るなよ」
「共犯者になってくれないんですか?」
ライは脇へ書類を置くとさっと卜部の隠しから煙草を一本かすめ取る。ついでに燐寸も拝借して火をつける。手首の返しで燐寸の火を消して燃えがらは灰皿へ。咥えてからすぅ―と深く息を吸う。沁みるような苦みにようやく慣れてきた。長く部屋を囲うような長椅子と一定間隔で小卓も兼ねた灰皿が並んでいる。長椅子に座る卜部の隣へ陣取る。藤堂の隣だとすぐ取りあげられるだろうという見込みもあったがライは卜部が好きだった。最近自覚した。ライは卜部が好きだ。何処が、とかなんで、とか訊かれても説明は難しい。そもそも同性である。そこからして真っ当ではない。
「お貴族様が平民と並んで喫むのかよ」
クックッと卜部が笑って紫煙を吐いた。藤堂は居心地悪げに煙草を咥えたが吸っている様子はない。ライの血筋がどうやら日本人との混血であるらしいこと、その日本人は明らかに貴族の血筋であるということ、それら判明した事実はゼロの口から直々に団員や幹部達に知らしめられていった。だから時折ライは冗談交じりに「お上様」などと言われて平伏される。大抵は素通りするが機嫌が悪いと蹴りの一つも入れる。卜部はそれさえ承知で揶揄するのだ。ライの一撃くらいなんとも思われていない。
 「ライ君、未成年の喫煙は」
「中佐ァこいついくつか判らねェですよ」
卜部があっさり擁護する。そもそも進まぬ煙草を指先でもてあそんでいる藤堂の説教に説得力はない。
「喫煙室には中佐よりこいつの方が似合っちゃったりなんかしたりして」
けらけらけらと卜部が笑い、藤堂がむっと顔をしかめた。精悍ななりであるから怯むが卜部は慣れているのか何とも思ったようでもない。
「煙草喫みは臭いがつくから…」
「女みてェなこと言ってる」
「路地裏に行けば子供が咥えてますよ。ゲットーは特に」
ライが言い募る。二人に攻め込まれて藤堂がむぅ、と黙ってしまう。そのまま席を立つ。表情が険しい。
 ライは煙草の先端が燃えるのを見ながら、良いんですか、と問うた。
「何がァ」
卜部はほわぁと輪っかを吐いている。
「藤堂中佐。怒って行っちゃったなら謝らないと」
「平気だよ。あの人ァ自分のコントロール方法知りすぎるくらい知ってンだ。年下二人につるしあげられたくらいで弱るようなひ弱な性質じゃねぇぜ」
ライの煙草が苦い。この銘柄はもうよそう。ライは茫洋と思った。卜部が襟を開いた。くっきりと浮かぶ鎖骨が虚が出来ていて、風呂にでも使ったらそこへ小さな水溜りができそうだ。
「何だよ、シようとして来たンじゃねェの? 別にどうでもいいけどォ」
ライがふんとそっぽを向く。人を盛りがついた猫みたいに言わないでください。盛りのつくお年頃だろ。下世話な話題の言い回しや揶揄、やりこめの方法は明らかに卜部の方が巧者である。藤堂よろしくライがむっと頬を膨らませてぷんとそっぽを向く。それを見た卜部はけらけら笑う。話しながら笑いながらその合間を縫うように卜部は上手く煙草を喫む。新しいのをもう咥えている。燐寸で火をつける。手首の返しで燐寸を消すその動きが様になっている。手首の突起はまるで人形の駆動部の螺子のようだ。そもそも痩躯である卜部の関節はだいたい作り物じみているのだ。ほら玉が入ってる、なんて見せられたら納得してしまいそうである。膝蓋骨や肩甲骨の微妙な腕力や柔軟性は人形ではあり得ないのに人形じみているのだ。
 ライは卜部が座る足元へ跪いた。そのまま襟を咲くように開いてあらわになった鎖骨へ口づける。煙草は灰皿の中で疾うに燃え尽きている。そのまま胸部へ下りていく。いくら食べても肉がつかないという卜部は代謝がいいのか、とくになんともなくても体が熱い。卜部の痩躯は余分にためる熱量はないとばかりにすべて使い切る。皮膚に触れれは奥の骨格が知れた。薄くついた肉は骨格を隠す恥じらいの御簾のように薄い。その肉もただの脂肪ではなく筋肉だ。痩躯でありながら戦闘機を駆り、白兵戦でも結果を残す卜部の戦闘力はそれに支えられている。無駄な重みがないぶん身軽で敏捷性に富んでいる。人体を抑えこむ急所を知っているから無駄な筋肉は必要ないとばかりにない。
「食事してます?」
「お前まで中佐みてェなこと言うなよ。食ってるよ。体質なんだよ」
ぺろ、と舌を這わせられて卜部がピクリと震える。ライはわざとそこで退いた。すっくと立ち上がって卜部を見下ろす。卜部は稀に見る長身であるから見下ろす経験は少ない。そんな優越に浸りながらライはにっこりとほほ笑んだ。
「期待しました? さすがにここでするほど周りが見えてないとは思われてないですよね?」
「言うじゃあねぇかよガキが」
卜部は煙草を揉み消すと新たに出して咥えた。今度は銘柄が違う。吐き出す煙も白煙ではなくほんのりと碧色を帯びている。香草を混ぜた違法煙草だ。路地裏へ行けばすぐさま手に入る手軽な嗜好品である。法律の抜け穴を通って作られる香草煙草は人の手で巻かれるから火の保ち具合や味、香草による効果などにばらつきがある。リフレインほど悪質で強烈な効果はない。ただちょっと酒が入った時のように興奮したり感情のタガが弛む程度である。ライは卜部の隠しから香草煙草を奪って咥えた。そのまま口づけるかのように顔を近づける。触れ合った煙草の先端がジジッと燃えて両方がじわじわと灰になっていく。
 卜部の目が見える。茶水晶がこじんまりとまとまって白目の方がわりあいとして多い。睨みつけるにはうってつけだ。それでいて卜部のなりから威嚇の文字は遠い。たいていの輩はこんな細ッこいの、と見くびって痛い目を見るのだ。日本人にしては珍しい蒼の混じった黒髪だ。雨にぬれたり汚れたりしていく度合いで蒼が強くなったり黒が強くなったりするのだと言う。髪形に手を加えているかは定かではない。卜部の身形を矯めつ眇めつするように凝視するライを、卜部もまた眺めていた。蜜色の髪は毛先へ行くほど透けて輝き、その上ばらついているからまるできらきらとしたライトアップでもされているかのようだ。不揃いの髪はうなじを隠すほど長く、前髪も両目にかかりそうだ。頭頂部はしっかりと銀や蜜蝋色なのに毛先は蜜に透ける。卜部をじっと見据える瞳も薄氷色から群青へと微妙に色を変える。周りの光量によって変わるそれは瞳孔が見えるほどに透けるかと思えば虹彩さえ判らないほど暗くもなる。
 「お口直しが必要かい」
卜部は香草煙草を持参した携帯用灰皿で火を消し、燃えがらを突っ込んだ。それをライの方にも差し出す。暗に煙草を止めろと言っている。ライは逡巡したがそれに従った。頭の芯がぽぉっとしていた。卜部が愛しくてたまらない。体触れたい。熱がどんどんと開放を求めて体の末端へ集中していく。黙っているライの髪が鷲掴まれた。そのままぐいと引き寄せられる。唇が重なった。皮膚が融けて消える。ライの熱はどっと卜部に向かって放たれ同時に卜部の熱がライを犯す。お互いに香草煙草を吸っているから脳がとろけている。
「あっは、中佐が知ったら殴られるくらいじゃあすまねェなァ」
違法煙草に公共の場での性交渉。清廉潔白な藤堂を怒らせるには十分な理由ばかりだ。
 それでもライは貪るように卜部にしがみついた。卜部の黒蒼の髪を梳くように指でからませ引き寄せては唇を吸う。
「は…ふ…ッ」
卜部の甘い吐息が漏れた。ライの息も上がっている。濡れたように湿った息を吐き、唇を貪る。二人ともが浮かされたように口付けに執着した。柔らかい唇が触れ合うそこから熱が行き交った。それは確かに交歓であったと。性交渉ではないのに性交渉以上の影響が及ぼす。お互いの情報ソースが漏れ出ていく。読みこまれていく。
「は…可愛い顔して箱入りだと思ってたんだけどな」
「僕だってあなたがこんな蓮っ葉だとは思いもしませんでしたよ」
「何だよあんた、熱いぜ」

「中佐の目の前でやりたかったな」

クス、とライが嗤う。卜部の体がびくりと震えて止まる。
「あれ、もしかしてちょっと期待してた? 藤堂中佐からどう思われているか知りたくはなかったですか?」
あは、あはあはっはははっはははは!
毀れたように笑いながらライが卜部の襟を開いてその首に噛みついた。ぎぢり、と音を立てて皮膚が裂かれる。溢れてくる血をライはためらいもなくすすり飲んだ。
「卜部さん。僕は見ているだけで幸せなんて無欲じゃないんです。無欲に見えるのは基準がないから。よりどころがないから。だからただ、最低限のラインを這っているだけなんです。だから無欲に見える。でも僕はあなたが欲しい。藤堂鏡志朗と出来ている卜部巧雪を僕は藤堂から奪って抱いて犯してめちゃくちゃにして僕の方を向かせてやりたい」
卜部は黙って暴挙を受け入れている。噛みついたことを咎めることはおろか押しのける真似さえしない。痛みはある筈だ。ライは熱心に傷口を舐りながら卜部の反応を窺った。肉の感触がする。
「別にィ。良いぜ。好きにしろ。中佐の前で俺を抱きてェって言うなら脚開いてやる」
「うそつき。あなたはそんなことしない――」
「するぜ。おれは小汚い生まれだからよ。泥水すすって生きて来たんだ。こうして寝床があって飯があって他に何がいるンだよ」
卜部の目がきらり、と光る。茶水晶はライを見据えていた。
「あんたがどんな生活送って来たかにゃ意味はねェし興味もねェよ。今、あんたがこうしてここにいる。それでいいだろ」
「…――だから僕はあなたが欲しいんだ」
藤堂中佐ではなく卜部中尉が。戦闘力じゃない。体つきでもない。顔容でもない。ただ僕は君の性質が好きでたまらない。
「藤堂中佐の前から、あなたを掻っ攫えたらいいのに」
卜部がゲラゲラ笑う。馬鹿、俺にそんな価値があるもんか。あるから言ってるんです、僕はあなたが好きです。だからな、それ、本当かって言うんだよ。熱に浮かされて言っちまう言葉だってあるんだよ。そんなものじゃなありません、僕は、あなたが。
「あんたァ鳶だな。油揚げ掻っ攫う鳶だ」
卜部の明るい奇矯な笑い声がこだました。ライは気にせず卜部の体を舐めた。血を含んだ名残か、ライの舌は篝火のように紅く燃えて、まるで清めの作業のように篝火が卜部の皮膚を這った。

好きです
うん、知ってる


《了》

最後の方わけわからんぞ。(直せよ)              2012年5月27日UP

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